令和6年度も琉球大学医学部医学科の歯科口腔外科の臨床講義を担当することになりました。これまでに培ってきた知識に加え、最新の知見も取り入れ、将来の医師となる学生たちにしっかりと伝えていけるよう努めたいと思います。

添付している画像は、琉球大学医学部医学科での講義風景です。1999年から現在もおこなっています。

1: 顎関節症について

顎関節症は、原因として咬合の問題やクレンチング、ブラキシズム、さらにストレスなどが顎の関節や筋肉に負荷をかけることによって生じます。顎関節症が増加した背景には、生活や食習慣の変化があり、咀嚼回数の減少により関節の機能が低下していることがあげられます.顎の関節や筋肉にかかる負荷と自身が持つ関節の適応力のバランスが崩れた時に症状が出現します。そのため、治療は関節にかかる負荷を下げるか、関節の機能をあげるか、その両方を行います。

2: 治療法

治療には保存的療法と外科的療法がありますが、はじめに行わないといけないのが咬合の診査です。原因となる因子を放置しておいて治療をしてもよくなりません。たとえば、欠損歯を放置してvertical stopが欠如すれば、関節への負担は増大します。片側でしか噛めない偏咀嚼も同様です。また、正常咬合であっても側方運動時の非作業側の咬頭干渉のチェックも重要です。つい見落としがちなものが、放出した智歯の側方運動時の干渉です。これが、咀嚼筋に筋痛と過緊張を起こします。特に外側翼突筋の緊張は、関節円板を前方にひっぱるのでクリックが生じる原因になります。咬合をないがしろにしておくと、いつまでたってもよくならないことがあります。このように考えると、治療ができるのは、形成外科でも耳鼻科でも整体でもなく歯科ということになります。われわれが,治療しないといけない疾患です.

保存的療法は、関節の負荷を軽減するスプリント療法、機能を上げる目的の運動療法があります。例えば、保存的療法であるスプリント療法は、咬合を挙上して強く噛み込まさないようにして関節,筋への負担を和らげるものです。また、クレンチングやブラキシズムの際、顎がスムーズに動くようにして外傷性咬合を防ぎます。

次に保存療法と外科的療法の中間としてパンピングマニュピレーションがあります。これは、非復位性関節円板前方転位で開閉口時に関節円板が前方へずれ、下顎頭の前方滑走を妨げることにより強い痛みと開口障害を呈する場合に適応となります。上関節腔にキシロカインでパンピングして関節腔を拡げて円板の引っかかりをとることによって口をあきやすくします。さらに痛みが強い場合は、炎症性物質を除去するために針を2本挿入して約100mlで上関節腔を生理食塩水で還流します。これが顎関節洗浄療法です。これはパンピングマニュピレーションの4倍の効果があるといわれています。これらを行なっても治療に抵抗性を示す場合は、外科的療法である顎関節鏡視下剥離授動術が適応となります。

3:重度な機能障害を呈するクローズドロックの円板の癒着と顎関節鏡視下手術について

非復位性関節円板前方転位であるクローズドロックの治療にパンピングマニュピレーションが初めに行われますが、これを行っても口が開かない場合、円板が前にずれてくっついている(癒着)が強いことが考えられます。癒着の発生機序は、図で示すようにまず、結節と骨膜の間に滲出液が溜まります。滲出液で膨らんだ滑膜とその下の前方へズレた関節円板が擦れて滑膜が破れると、この滑膜が円板にくっつきます。これが癒着です。くっついた関節円板が下顎頭の前方滑走を妨げるので大きく口が開かなくなります。この癒着が口を開けにくくする原因です。このように前方滑走ができなくなって口が開かなくなるのが、クローズドロックです。軽度の場合は、パンピングマニュピレーションで癒着が剥がれて口が開くのですが、癒着が強い場合は簡単には剥がれません。時間をかけて剥がれるのを待つか、顎関節鏡視下でこの癒着を癒着剥離鉗子で剥がしてやります。これが、顎関節鏡視下剥離授動術です。すると円板が前方へ動くようになり口が開きます。

4:難治性のクローズドロックの治癒と治療成績について

Kurita KやFricton JRが顎関節症の自然経過について発表しました。二人の論文では、自然経過(治療をせず何もしなかったら)では、顎関節学会が提示するロックの改善基準を満たすのに要する期間は、約3年で8割です。すなわち、ほぼ8割の患者が何もせずに約3年で症状が改善するという内容です。これは治療をしている先生方を大変驚かせる内容でした。ところが、よく考えてみるとこれでは、2割の患者は良くなりません。さらに3年間放置しておくと症状がひどくなってしまう可能性があります。しかし、治療をすると治癒期間が短くなります。私が日本顎関節学会で発表したクローズドロックの治療成績では、パンピングマニュピレーションを行うことにより、3か月後で約8割、そして全身麻酔下での顎関節鏡視下授動術では、治療開始して1か月で約8割が日常生活に支障を来たさないほどまで改善します。さらに6か月後では、ともに9割まで改善します。このように治療をすれば、日常生活に支障をきたさなくなる期間が確実に短くなります。自然経過の論文が発表されてから、放って置いてもってよくなるので治療をしなくてもいいと考える先生がおられるかもしれませんが、痛みを訴えてきた患者さんに何もしないわけにはいきません。治療の意義は、患者の苦悩期間を短くしてあげることです。

 

終わりに

顎関節症は、治療をすれば早期に症状が改善する疾患です。そして治療後に再発を防止するためには、咬合を安定させ両側の臼歯でしっかり咀嚼させて顎関節、咀嚼筋に過度な負荷がかからないようにすることが大事です。そのためには、適切な歯科治療が不可欠です。だから、顎関節症は、歯科が治療しなければいけない疾患です。

 

神農デンタルオフィス 日本顎関節学会専門医 神農 悦輝